シアワセのかけらを探して

メンヘラマンのこと。38_614

見返りを求めないで生きていきたい

 

診察の前の日の夜は1週間を振り返っていろいろ考えて話すことをまとめたりしています、こんばんは。

 

退院してからもう4ヶ月がたつのに未だに週1で通っています。主治医はどうみているのか、うーん、あまり顔色が良くないのかな、なんて思ったり。

 

 

 

愛や親切に見返り求めてはいけないように、自分がいいと思ったことが必ずしも相手にとってはいいことだとは言えないように、自分のたった一言が相手を傷つける一言のように、自分の言動には自信を持たなくちゃいけないな、と思います

わたしは気が付いたときから誰かに認められたくて、学校の中で目立って先生たちにいい子だなと言ってほしくて、それだけで突っ走ってきたところがあります

そのときそのときはその行動にとても自信があって堂々としていて、立派で頑張っていたと思います

でも、ふと、最近になって、そうやって「認められたい」「いい子でありたい」と自分がやっていることがすべて正しいと思い、見返りを求めていたことに気付いたとき、とても悲しくなりました、自分のためではなかった。

わたしはそうやって生きてきたんだなと思うと怖くなります

ただ、これから先は「認められたい」ではいけないと思います、自分がどうなりたいか、が大事で、生きていく上でのテーマだと思います

だけど自分がどうなりたいかなんてわからなくて、ふわふわしていて曖昧で、まわりで頑張っている子たちをみると純粋にすごいなあと思います、でも同時になんでわたしはできないんだろう、とも思います

悔しくて、でもどこかそうやってもがいている自分に甘えている自分もいたりして、余計に虚しくて、でもけっきょく何もできなくて堂々巡り。

抜け出すには自分から何かを一生懸命やってみるしかない、そうやって向き合っていくしかない、という現実。正直つらい。

 

「つらいことを表に出さないで生きるよりもそうやって出してもがいている生き方のほうがずっと美しいと思うけどね。」という主治医の言葉を信じたい、信じたいからこそ頑張りたい。

けっきょくのところ堂々巡りだけれど、また自分がどうなりたいかのために、頑張っていこうと思います

 

 

 

 

おわり。おやすみ。