読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

シアワセのかけらを探して

キラキラ光るもの、暗くて見れないもの、全部カケラになるように。

ひとりごと


何が不満で何が不安で自分を傷つけなければならなかったのか、どうして未だに存在価値を見出せないのか、残った傷跡を眺めながらふと思う休みの朝です。おはようございます。

最近は学校の合宿に行ってきました
カミソリを持っていかなかったからよかっただけで持っていってたら確実に切っていたな、と感じています
不安なんですよ、根本は。
嫌われないように、好かれるように、そうやって生きてるのに、もし嫌われてたらどうしよう、どうせ私のことなんていいふうに思ってないんでしょ、どうせどうせっていって信じることができない。
私だってもっと楽に生きていけたらそんな苦労はない
どうしてそんなみんな普通なの?どうしたらそんなに苦しまずにみんなと一緒に信じて生きていけるの?なんで?っていつも思う
どこで私はその能力を捨ててしまったのか
どこで落としてしまったのか
これはもしかしたら張りつめていた糸の問題?とも思った
「常にピンと張っている糸はいつかは切れてしまうからね」そうやって小学校のときの先生に言われたっけ
それから4年5年、ずっと張りつめていた糸が突然切れた、突然ゆるくなった
あまりにも突然で私は心が対応できずに腕を切ることを覚えた、薬を飲むことを覚えた、自分を破壊することを覚えた
苦しい方法でしかないのに覚えてしまったものはもう体に染み付いててやめることを忘れてしまった
悲しい事実だけどきっと忘れることはできないんだよなあ、と思う
自分を破壊して自分自身を信じることをやめた時、まわりを信じるという能力さえもなくしてしまった

ただ頑張りたいだけだった
ただ強くありたいだけだった
弱いままで生きていけないって思うから強くなりたいよ

そのままで


好きなことを本気でやるということはとても勇気がいることです

高校の卒業式でそうやって言われたのをしみじみ思い出している朝です、おはようございます。

私はいろんなことを悩んで今、この専門学校に来ているはずなのに一生懸命になりきれてなくて苦しい
好きなことをやるには勇気がいるってこういうことだったのかなって今になって思い知らされてるみたいです

ただ、そんなに自分で自分のことを低くみなくても、他人と比べなくても十分自分は自分のままで大丈夫、という感覚がつかめてきたような気がします
特に何があった、というわけではないけど、いろんな部分を繕って見栄を張って頑張ったところでいつかはそれが切れてしまう瞬間がある。ピンと張った糸はいつかは切れてしまうから、そんなんだったら普段はゆるく持ってて、張るところは張るっていうメリハリをつけようかなって思い始めたのがキッカケ
「私は私らしく」って他人と比べることじゃないよ、って自分に言い聞かせてまた前に進みたいと思います

でもね、いつもいつもそうやって前に進みたいと思えるわけじゃない。落ちたりあがったり、それが1日の中で何回も繰り返されたり、当たり前のことだから、そんなことでも目をそらさずに、それも自分だと受け止めて頑張ろう自分。って感じです 笑

さあ、今日も1日生きようと思います。




否定することを肯定にしたかった


満員電車の中、揺られて学校に来るわけですが、普通の高校生がしたかったなあ、と、制服を着ている学生をみていつもいつも思います

普通じゃないという自覚はない、むしろ十分普通なんだと思います
だけど3年間頑張って毎日学校に行ったり、部活をやったり、テストが嫌だ〜とかいいながら赤点とったり、何気ないことがやりたかった、と思います
もう終わったことでまわりも大学生や社会人や専門学校生になって前ほど思わなくなったけど、やっぱりいいなあって思います
きっと私がその頃の、高校生の頃の自分が嫌いだからなんだと思います
今の自分が好きだということもないけど、高校生のときの自分は大嫌いです、もちろんその頃も同じように嫌いだった
とにかく自分を否定したくて、とにかくないものにしたかった
そのくせにそのほんとはダメなこと、否定することを肯定したかった
リストカットもODもその他も全部、否定を肯定にするためのものだったと思うし、自分がないものになってしまう怖さを必死で伝えたかったんだと思います

あぁ難しいこと考えてるなあって思います 笑
もっともっと楽に生きていけたらいいのになあ、って思います
ただ、前に書いたように好きではないけど今の自分はわりと嫌いでもない
これは大きな進歩なのかもしれません

では、1日学校頑張ります

電車が来るとき


更新率が非常に高い最近です
定期的に覗いてくれている方がいましたら、ありがとうございます。

私にとって学校や教室はやっぱりとても息苦しいものだ、と専門学校に通い始めて1ヶ月半たって改めて思いました
1日学校にいて授業を受ければ、体力的なものではなく、精神的に大きなダメージを受けるなぁと
学校をでるとき、とにかく苦しくて生きていたくなくて、死にたいが頭の中を占領する
まぁ、でもそれで生きていてしまうんだから私はまだまだ生きられるんだろうな、と後から思うんですが。
何がそんなにダメなのか、と問われてもそれは答えれないと思います、「学校」という空間がダメなのか、それともそうじゃなくて、周りと比べてしまうからダメなのか。
わかったら私だって苦労しない。楽に学校いって楽しければ何も問題はない。
頑張ろう、頑張ろう、頑張ろう頑張ろう
まだまだ気力はあるよ、好きなことだし、ちゃんとやり切りたいと思います

おわり。

本心は?


学校終わりの電車の中で書いております、こんにちは。

「元気ですか?」と質問されたら私はいつも「元気じゃないです」と言ってしまう
まぁニコッとしながらの「元気じゃないです」はネタにしかならなくてけっきょく笑い飛ばされるだけなんですけどね 笑
でもそうやって答えてしまうってことは元気ではいたくないということなのかもしれないなぁと最近思ってしまった
というか、自分の奥深くに眠っているであろうその考えを探り当ててしまった
自分は弱いままでいたほうがまわりから心配してもらえる、かまってもらえる、見捨てないでいてもらえる
いつからそんな考えが身についてしまったのわからないけど身につかなくていい考えが身についてしまった、と探り当てたときに思った
これは世間一般にみれば、所謂「かまってちゃん」というやつ
でもただ見捨てないでいてほしいだけ
それが「かまってちゃん」なのかもしれないけど、強くなったらみんなが離れていってしまうんじゃないかという不安が消えない

前の記事を見直していて「弱いところは弱いままでもいつか誰か認めてくれるのかな」というような内容のがあって、あぁそうだなぁ、変わってないなぁと思った
強くなれないという弱いところがそのままでも、ただのかまってちゃんだとしても、いつか誰か認めてくれるのかなぁ



私はあなたが嫌いです



頑張らないことに慣れてしまったら私はどうなるのだろうか、と考えてしまっている最近でございます、こんばんは。

やっぱりまわりに勝てない、と思うことがたくさんたくさんあって悔しい
きっとすべてのことが全部均等にできるわけでも完璧にできるわけでもなくて、そんなことはわかってるはずなんだけど、勝つか負けるか、あの人より良いか悪いかってすごく意識してしまうよね、自分の評価につながるからさ

クラスの中にとても意識の高い子がいて、一緒に喫茶店に寄ったりおしゃべりしているけれどやっぱりどれだけやってもその子に勝てるものがないという実感があって苦しい
しゃべりかけてくれるし、もちろん嫌じゃないんだけど、私ができないことをいとも簡単にやってしまうように見えてしまって勝手に僻んでしまう

これは相互不理解というものだと思う
私が見ているその子は私が考えているその子の像でしかない、本質的なその子の部分はもしかしたら、全然見えていないのかもしれない
そうやって外側だけをみていろんなことを判断していくのは失敗につながってしまうよね(経験済み)
客観的にだったり、見方を変えて見るってかなり大事だよなと思いました


f:id:mipo722:20160509235642p:image

100均でアームカバー?を購入
これで私も半袖が着れるぞ〜〜〜


落ちるところまで落ちたとしたら


私はさ、ほんとは自分を大切にしたいはずなんだよな、と感じた5月5日、0時11分。

自分を安く売る気もないのにそれに似たような真似して安定をわざと崩してる
バカバカしいのも苦しいのもあとから後悔するのも全部わかってるはずなのに、何が楽しいの自分??
私はまだ何年も何年も生きてきたわけじゃない
だから知ってることもあれば、当然知らないことだってある、知らなければいけないことだってまだまだあるんだろうし、知らなくてもいいことだってたくさんあるはず

知らなくていいことは知らないままでいいよ
わからなくっても生きていけるならそれでいいよ
あなたはそこにいるだけでいいんだよ

って誰か言ってよ、1人で決めれるほど私は強くないんだからさ、守ってよ

苦しいし悲しい
卒業するときに「あなたはあなたらしくでいいよ」「マイペースでいいよ」と言われたのが懐かしくて息が詰まりそうになるくらい苦しい
私らしく頑張ったところでまわりはどんどん進んで行くんだからのんびりなんてしてられないじゃない

私は私らしくありたかっただけだったのにさ。

f:id:mipo722:20160505002152p:image




治せよ


こんばんは

いろんな気持ちがごちゃまぜ
わけがわからなくなって自分を責めて傷つけてバカみたいなことをしてしまった
お願いだからこの気持ちを誰かなくしてよ、お願いだから私を治してよ、お願いだから誰かわかってよ
きっとメンヘラ、ただのメンヘラ、かまってちゃんなんだよね
って思うんだと思う
まわりに100人知ってる人がいたとしてその100人全員に好かれるのなんて絶対無理、価値観の違い、思考の違い、人それぞれだから自分が思ってることを素直に表現して嫌われることだってあるはず
それをね、わかってる、ちゃんとわかってるはずなのに実際にその立場になってみると見捨てないでよ!!気付いてよ!なんで!なんで嫌われたの!!ってなってしまう
この思考ほんとに嫌い、どこかに行ってほしい、ほんとに誰か治してよ、治らないなら死なせてよ
1年で治すつもりだったのに治らなかった、なんでなの、こんな感情と一緒に一生付き合っていけ、なんて言われたらどう進んでいったらいいかがわからない、どうやったら自分を傷つけなくてすむのよ、どうやったらこの感情がなくなるのよ、教えてよ、誰か教えてよ、死なせてよ
どうやら私にはまだまだ自分を責めることと、傷つけることは私のステータスみたいです

ただのメンヘラかまってちゃんのブログでした

見失う、全部見失う


こんばんは〜

2泊3日の研修合宿に行ってきました

「自分は自分」のはずだけど、まわりにどうしても影響されてしまう。どうしても勝ちたい、私が1番だと思っていたくなってしまう。
自分は自分のはずで、だからこそ好きなことをやろう、と思って入った専門学校なはずなのにもうなんでやってるんだろう、私大丈夫かなあ、と不安になってしまっている
ある夜に同じ部屋の子たちが「○○(楽器名)が大好きで諦めきれなくて、1回絶望したことあって、でもやめなくてよかった〜!」みたいなことを言っていて、あぁ、なんか羨ましいなあ、と思うと同時になんで私はできないんだろう、とショックを受けてひがんでしまった
私とは違うことをやってる、私ができないことをやっている、と比べてしまった
比べるのはきっと悪くない、だけどその比べることによって「自分らしさ」がなくなることが1番怖い
それが怖くて左右されてる自分が嫌で泣きながら夜を過ごしました
誰も自分が知らないところで生活する、ということは楽でもあるし誰にも話ができなくてなんにも吐き出せなくてつらいなあ、ということを思いました
 
終わってからフラ〜っとしながら書いたので変な文章だったかもしれません

では。




自分勝手を糧にして


こんばんは〜
調子が悪くて悪くてたまらなかったけど、なんだかんだ新しいことが始まるということは嬉しいもので、特に自分がやりたいことだからすごく楽しみだった専門学校の入学式に行ってまいりました。

正直なところ、不安だらけです
厳しい世界で私という人間を最大限使って生きていけるのか、やり通せるのか、3年間通えるのか。
でも不安は多いけれど自分で選んで自分で進んできた道だからこそ頑張りたいなぁ、という思いもあります

入学式の校長先生のお話に「学校はいつでもあなたたちの味方です」というところがありました
あぁ、そうなんだ、と素直に思えればいいのに私の悪いくせで裏切られるのが怖いから最初から信じない、という気持ちがまだまだ強くて、あぁどうせ捨てられるのかなあって思ってしまいました
でもそれってすごく自分勝手だと思うんです
他の人は信じてくれているのかもしれないところを自分はこうやって思うからって決めつけて信じようとしないのずるいと思うんです
だからゆっくりでいいから信じるっていうのも身につけていきたいなあって思います


いろんなことを考えていろんなことを思って悩んで落ち込んで落ち込んで、でも突然ウワァァってテンションがあがったりして、ほんとに自分勝手なやつだなぁ、と自分で思います
でもなんだかんだで私は私なりに少しずつ前に進んでいるんだろうし、成長してるのかな、って思います、だからとりあえずは、よしにしたいです
でもないものねだりでああなりたい、こうでありたいって欲がでてきてしまうからよくない
人間誰でもそうだと思うけどね
それをうまくコントロールして自分の糧となるように使っていけたらなあ、と思います

入学式後に食べたスパゲティ
トマトクリームのうんちゃらかんちゃら…
でもおいしかったです〜


おわり。
f:id:mipo722:20160404221104j:image




両足を持って行かれた


こんばんは〜

落ちていて落ちていて、ブログ更新しよう!と思っても書けなくて終わります

もうすぐ入学式でもあるのでこの深い沼から早く抜け出したいです

では。

急降下


こんばんは〜

ハイテンション!みたいなブログをかいたすぐに残念ながらがっつりな落ち込みがきております

ただね、私が「死にたい気持ちがなくならなくて困るね」なんてぽつりと言った時、「逆転の発想で私(友達)があなた(私)に会えなくなるのが寂しいから死なないでね、また会いたいから」って言ってくれて、あぁまだ生きれるなあ、と思いました

では。

AだけじゃなくBもCも


こんばんは〜
お久しぶりです
珍しく?テンションが高い私です

こうやってね、テンションが高い日が何にも何日も続くと必ずどこかでガクンって落ちる日がくるからそれが怖くてたまらないけど、今は高いからいいかな、って。時に困ることもあるんだけど。

明日はね、やっとやっと美容院に行ける。
いつも行ってるとことは違うところでとてもかわいいところに行くのです
楽しみ楽しみ〜〜〜 笑

_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _


Twitterをのぞいていると、いろんなことを考えしまう

私はいろんな人の気持ちを考えれる人になりたい、だけど、それが苦しみとかだったら私はどうしてもその人自身の苦しみを知ることはできない
悲しいけど、考えれるけどその人自身にはなれない

ということだったり

みんなと一緒っていうのが正しいってわけじゃない
十人十色なように人それぞれの生き方があるから大丈夫だよ

って思ってみたり


いろんなことを考えれる思考というのは素晴らしいものだと思うけど、疲れちゃうよね
 
そんなときは魔法の言葉「私は私でしかない」

誰にも私は変えられない、って大事にしてその人はその人、って割り切ることも時には必要なのかなあって思う


魔法の言葉「私は私でしかない」

うん、がんばるよ




おわり。


「あなたがここにいるだけでよかった」


f:id:mipo722:20160317230733p:image

先日、高校を卒業いたしました
私の中ではほんとにほんとにいろいろあって、ひとつ大きな決断もあったりして、思ってた高校生活とはかけ離れたものになってしまいました

先生たちがね、「あなたは賢いからあなたらしくで大丈夫だと思います」とか「やりたいことを本気でやるという姿勢はほんとにすごいと思います」とかたくさん褒めてもらいました
でもどこか素直にそれを受け止められない自分がいて、悲しい。
私が私自身を認められないの、それが1番まだまだかな、と思うところでもあり、悲しいところ。

1年前、全日制高校をやめて通信制に通うと決めたとき、1年でネガティヴ思考も苦しい気持ちも死にたい気持ちも全部全部なおすんだ、と思っていました
でも1年たった今でも、そんな思考はなくならなくて、結局変われてないんだ、ってまた落ち込んだりしている
だけど、私はこれから自分で選択した好きなことをやるという道を進んでいくわけで、正直落ち込んでる暇なんてない!と思っていたりする
頑張らなきゃいけないことばかりだろうけど、でもその頑張るということを楽しめる人になりたい、と思います

ボチボチ、私は私らしく、やっていきたいです

おわり。


私は私である


こんばんは、お久しぶりです(2週間ぶりくらい?)

3月にはいってまわりはみんな卒業式で(私も卒業式ありますけれど、でないのです)勝手に悲しくなっている私です
同じ高校を3年間通ってなんとか単位もとって毎日学校に通う。その当たり前をやりきることを自分自身は望んでいたし、3年前の私もきっとそうやって頑張ろうと思って前の学校に入学したはずだった
なのに2年間で学校をやめ、残り1年はほぼバイトで過ごしている。こんなのは望んでなかったはず、もっといろんな思い出つくって3年間楽しかった!あーよかった!って卒業するはずだった、バカみたいでバカみたいで仕方がない
きっと「当たり前」は「当たり前」であってみんながみんなそうだとは限らない
だから必ずしも「みんなと一緒」が全部いいわけではない
そういうことを理解しようとしていて心で受け止めなきゃならない、と思ってるのになかなかすんなり受け入れることができない
私には私の道があって私らしくが1番いいこと、それをわかっているようで全然わかっていない、受け止めきれてない

まだまだ考え方が子供子供で少しずつだけど確実に年齢を重ねていくのに心だけ置いてけぼりをくらってる
じゃあどんな考えが子供でどんな考えが大人なのかと問われれば、こうですよ、とはっきりと答えることはできないけれど、最大の私の課題は周りが見れてないことだと思う
自分はこうです!とか自分の考えはこれです!というのばっかりでまわりの様子を見ようとしない(このブログもそうだったりする)、相手が傷つくことを言ってしまう、言ってしまったあとに後悔してしまう、後ろばかり過去ばかりをみていること
きっと私からみた大人たちがこれができているかと言われたならできていない人もいる
だけど私が憧れを抱く人はこれができている
だからこそ、私は年齢だけじゃなくて心も早く大人になりたいです

おわり。